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東京地方裁判所 平成6年(刑わ)2054号 判決

本籍

東京都葛飾区柴又一丁目九五四番地四

住居

同区鎌倉二丁目二四番四号

印刷仲介斡旋業

小川勝昭

昭和一九年七月二四日生

右の者に対する公務執行妨害、暴行被告事件について、当裁判所は、検察官西谷隆、同仲田章及び私選弁護人城崎雅彦、同榎本武光、同坂本隆浩各出席の上、審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  葛飾税務署個人課税第七部門所属の国税調査官として所得税等に関する税務調査を職務とする浅沼和弥が、平成六年六月一五日、東京都葛飾区高砂五丁目三八番九号荒川信用金庫高砂支店において、被告人の所得税に関する税務調査を実施するに当たり、同日午後零時三五分ころから午後零時四三分ころまでの間、同支店裏出入口通路上及び同支店敷地内駐車場において、右浅沼(当時三〇歳)に対し、「六か月間も調査をして商売が駄目になったらどうするんだ。今日も勝手にこそこそ来やがって何をしているんだ。勝手な調査をするな」「お前だけは許さない。今日は帰さないぞ。半殺しにしなければ気が済まない」「俺はどうなってもいいんだ。税金を払ってでも、お前をどうにかしてやる」などと怒号し、同人の生命・身体等にいかなる危害を加えるかも知れない気勢を示して脅迫するとともに、そのワイシャツの襟元及びネクタイをわし掴みにして首を締め付けるなどの暴行を加え、もって、同人の右職務の執行を妨害した。

第二  同日午後零時四三分ころ、前記駐車場において、合原徹也から前記浅沼に対する暴行を制止されたことに憤激し、右合原(当時二六歳)に対し、そのネクタイを掴んで引っ張る暴行を加えた。

ものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書(四通)

一  浅沼和弥(平成六年八月二日付)、合原徹也、川崎真澄、安藤啓子、小泉賢典及び日野文夫の検察官に対する各供述調書

一  司法警察員に対する実況見分調書及び写真撮影報告書

判示第一の事実について

一  浅沼和弥の検察官に対する供述調書(平成六年九月二二日付)

(補足説明)

弁護人は、判示第一の公務執行妨害の事実につき、被告人の判示脅迫及び暴行は被害者の「職務ノ執行ニ当リ」加えられたものではないから公務執行妨害罪は成立しない旨主張するので、この点について判断を示すこととする。

まず、前掲各証拠を総合すれば、被害者が、被告人の所得税に関する税務調査を担当し、その一貫として本件当日判示高砂支店に赴いて実地調査に臨み、被告人が同支店に来店した時点でも調査を実施している最中であったこと、被害者は、これに先立つ被告人の取引銀行の調査に関し、被告人から電話を受け、「次はいついくんだ。税務署だからといって調子に乗って調べていると、後からとんでもないしっぺ返しをくうぞ。最近は変なやつが多いから気をつけたほうがいいぞ」などと言われていたことや、二回にわたり面会を求め、その後店内で大声をあげて騒ぎ出した本件当日の被告人の言動から、これ以上同支店での調査を続けることに困難を覚え、やむなく同支店における調査を一時中断して帰署することにしたことが認められるのであって、これによれば、右調査の中断が被告人の右の言動に基づいてなされたことは明らかであるというべきである。

次に、前掲各証拠によれば、被告人は、本件当日、被害者が銀行の実施調査を行っていることを聞知するや、実地調査先の判示高砂支店を訪れたうえ同支店融資相談カウンターで川崎次長を通じて同人との面会を求め、これを拒否された後も立ち去ることなく、同支店裏出入口通路を行ったり来たりしたうえ再度同様の方法で面会を求め、前同様にこれを拒否され同支店から立ち去ることを求められるや、会わせるまで帰らないなどと大声をあげて騒ぐなどし、なおも同支店裏出入口通路に止まった後、同所に現れた被害者に同所及び同支店駐車場で判示の脅迫及び暴行に及んだことが認められるのであって、これら被告人の本件当日の一連の言動に加え、前示の被害者に対する言動をも併せ考慮すれば、被告人の意図するところが、最終的には判示高砂支店における調査をやめさせることにあったことは推認するに難くなく、これに添う反省の念をも含む被告人の捜査段階における供述も自然で、十分に信用することができるというべきである。

右のとおり、かかる意図の下になされた被告人の言動に基づいて本件調査の一時中断が行われ、帰署すべく判示場所に出た直後の被害者に対し判示脅迫及び暴行が加えられていることに照らすと、判示脅迫及び暴行は被害者の「職務ノ執行ニ当リ」加えられたものといえるからこの点に関する弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法九五条一項に、判示第二の所為は同法二〇八条にそれそれ該当するので、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、右は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定き加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

税務調査(反面調査)を受けるに至った被告人が、実地調査をやめさせる意図をもって判示支店を訪れたうえ、二度にわたり面会を求め、これを拒否されるや店内で大声をあげて騒ぎ出し、これにより調査を一時中断し帰署すべく判示場所に出てきた直後の被害者浅沼に対し判示脅迫及び暴行に及び、これを制止する被害者合原にも判示暴行を加えたというもので、その身勝手さは強く非難されなければならないし、犯行の態様も悪質というほかはないく、税務調査に与えた影響にも軽視できない面があるのであって、被告人の刑責には重いものがあるというべきである。

しかしながら、他面、被告人には前科がなく、逮捕・勾留と続く身柄拘束を通じて、本件犯行に及んでしまったことに反省を深めて、事実を認め、今後の更生を誓っていること、犯行直後に謝罪の意思を表明していること、その他、被告人の家族状況や弁護人主張の情状など、被告人のために斟酌すべき事情が認められるので、これら諸事情を併せ考慮し、被告人に対し、主文掲記の刑を科するとともに、今回に限り、その刑の執行を猶予することとした(求刑懲役一年)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 田島清茂)

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